最低賃金が58円上がった。上越の小さな店が見るべきは時給ではなく損益分岐点
10月1日から、新潟県の最低賃金は時間額1,108円になりました。前年度の1,050円から58円、率にして5.52%の引き上げです。5年前の令和3年度は859円でしたから、この5年で249円、約29%上がったことになります。
ニュースでは「時給が58円上がる」と報じられます。ですが店の経営者が見るべきは、時給の58円ではありません。売上をいくら増やせば、元の利益に戻るのか。つまり損益分岐点がどれだけ上がったかです。そしてこの数字は、同じ58円でも業種によってまったく違います。
最低賃金は5年で249円上がり、ここ3年は毎年50円を超えた
結論から言うと、最低賃金の引き上げは一度きりの出来事ではありません。新潟県の上げ幅は5年前の28円から、ここ3年は50円を超える年が続いています。今年の58円も「たまたま大きかった年」ではない。毎年上がるものとして経営を組む必要があります。
年度 | 新潟県の最低賃金 | 前年度からの引き上げ |
|---|---|---|
令和3年度 | 859円 | +28円 |
令和4年度 | 890円 | +31円 |
令和5年度 | 931円 | +41円 |
令和6年度 | 985円 | +54円 |
令和7年度 | 1,050円 | +65円 |
令和8年度 | 1,108円 | +58円 |
出典:新潟労働局 報道発表資料
しかも全国の加重平均は今年度1,177円で、新潟はまだ全国平均より69円低い状態です。差が残っている以上、上げ圧力が弱まると考える理由は見当たりません。
見るべきは時給ではなく、損益分岐点の上がり幅
人件費の増加は、そのままの額では効きません。限界利益率で割られた額が、取り返すべき売上になります。ここを押さえないと、58円の重さを見誤ります。
損益分岐点の式は単純です。
損益分岐点の上昇額 = 固定費の増加額 ÷ 限界利益率(限界利益率 = 1 − 変動費率)
パートの人件費は、多くの店で売上に関係なく出ていく固定費です。限界利益率が65%の店なら、売上が増えても、人件費の穴埋めに回せるのはその65%だけ。だから人件費が増えた額よりも多く売上を増やさないと、元の利益には戻らないんですよね。式の考え方は、採用の場面を例にした姉妹記事で詳しく書いています。
同じ58円でも、利益率が薄い業種ほど取り返す売上は膨らむ
モデルを3つ置いて計算しました。1時間あたりの上げ幅は同じ58円なのに、取り返すべき売上は飲食店で人件費増の約1.5倍、小売店で4倍になります。利益率が薄い業種ほど効きます。
前提は、時給1,050円だったパートが全員1,108円に上がるというものです。限界利益率は業種のイメージをつかむための仮定で、社会保険料などの上乗せは含めていません。含めれば、どの数字もさらに大きくなります。
モデル | 前提 | 人件費の増加 | 限界利益率(仮定) | 損益分岐点の上昇 |
|---|---|---|---|---|
A 飲食店 | パート4人×月80時間 | 月18,560円(年222,720円) | 65% | 月約28,600円 |
B 小売店 | パート10人×月100時間 | 月58,000円(年696,000円) | 25% | 月232,000円 |
C 介護事業所 | パート20人×月120時間 | 月139,200円(年1,670,400円) | 試算しない | 価格を自分で決められないため、売上で取り返す手段が限られる |

飲食店モデルの月約28,600円は、客単価1,000円なら月約29人分です。営業日が26日なら、1日あたり約1人。これなら手の打ちようがあります。
小売店モデルは違います。人件費の増加は月58,000円ですが、限界利益率25%で割ると月232,000円の売上増が必要になる。薄利の商売にとって、これは小さな数字ではありません。
介護事業所はさらに事情が違います。人数が多いぶん人件費の増加は年167万円を超えますが、サービスの価格である介護報酬を、事業所が自分で決められません。値上げで取り返すという選択肢が、最初から狭いのです。
上越市の数字で見ると、この話が誰のものかがはっきりします。令和3年の経済センサスで、上越市の民営事業所は全産業で9,033、1事業所あたり約9.5人です。
- 飲食店:737事業所・4,362人(1事業所あたり約5.9人)
- 小売業:1,651事業所・12,296人(同 約7.4人)
- 社会保険・社会福祉・介護事業:337事業所・7,905人(同 約23.5人)
数人から10人前後で回している店が、上越にはこれだけあります。モデルAやBは、多くの店にとってほぼ自分の話だと思っています。
もう一つ。影響は最低賃金ぎりぎりの人だけにとどまりません。もともと1,050円より少し上だった人と新人の時給差が縮むので、店全体の賃金表を見直す圧力がかかります。社会保険料を含めていないことと合わせて、上の試算は少なめに見積もった数字です。

値上げなら、必要な増収は人件費の増加分で済む
打ち手の一つ目は値上げです。値上げは仕入などの変動費を増やさないので、客数が変わらなければ値上げ分はそのまま利益になります。だから値上げで取り返すときの必要額は、損益分岐点の上昇分ではなく人件費の増加分そのものです。
- 飲食店モデル:客数で取り返すなら月約28,600円、値上げなら月18,560円
- 小売店モデル:客数で取り返すなら月232,000円、値上げなら月58,000円
小売店モデルでは、客数で取り返すと値上げの4倍の売上が要ります。値上げできない業種ほど苦しいのは、この差があるからです。ただしこれは客離れが出ない前提の数字で、客数が減ればその分だけ必要額は上がります。
値上げの幅は、雰囲気ではなく逆算で決めるのが筋です。月の客数で人件費の増加分を割れば、1人あたり何円上げれば戻るかが出ます。
値上げしにくい業種は、時間あたりの売上を上げる
値上げが難しいなら、同じ人件費でさばける売上を増やすしかありません。人を減らすのではなく、1時間あたりの売上を上げるという発想です。
- 省力化:注文・会計・在庫の手作業を減らし、同じ人数で回せる量を増やす
- 予約:来店を前もって把握し、人の配置を必要な時間に寄せる
- 繁閑の平準化:暇な時間帯に人を置きすぎない。空いている時間に客を呼ぶ工夫をする
介護のように価格が決まっている業種では、ここが主戦場になります。記録や連絡の手間を減らして、ケアに使える時間を増やす。地味ですが、効くのはこういうところです。
自分の店ではいくら増やせば戻るのか。固定費と変動費率と売上を入れれば、ハイデフが無料で公開している損益分岐点計算ツールで30秒ほどで出せます。人件費の増加分を固定費に足して、数字を動かしてみてください。
助成金は、来年の改定に向けて夏から準備する
結論から言うと、新潟の今年度分の業務改善助成金は、すでに締め切られています。使うなら来年の改定に向けて、夏の答申の前後から準備するものです。
業務改善助成金は厚生労働省の制度で、事業場内の最低賃金を引き上げ、生産性を上げる設備投資などを行う中小事業者に、費用の一部を助成します。省力化の設備を入れるなら、候補になる制度です。
注意すべきは締切です。申請の締切は「都道府県の最低賃金の発効日の前日」か11月30日の早い方。新潟の今年度分なら、発効の前日にあたる9月30日でした。しかも交付決定の前に導入した設備は対象になりません。
つまり、最低賃金が上がってから動いたのでは間に合わない仕組みです。助成額や助成率は、厚生労働省の最新の案内で確認してください。
この流れなら、最低賃金は来年も上がると見ておくのが自然です。上がってから値札を見直す店と、上がる前に損益分岐点を計算しておく店。差がつくのは、たぶん来年の秋ではなく、この冬のうちです。まわりが値上げしてから考える、では遅い気がしています…

よくある質問
新潟県の最低賃金はいくらで、いつからですか。
令和8年度の新潟県最低賃金は時間額1,108円で、令和8年10月1日に発効しました。前年度の1,050円から58円の引き上げです。
パートやアルバイトにも適用されますか。
適用されます。最低賃金は、正社員・パート・アルバイトといった雇用形態や呼び方に関係なく適用されます。
業務改善助成金は今から使えますか。
新潟の今年度分は、申請締切が発効日の前日にあたるため、すでに締め切られています。来年度の改定に合わせて使うなら、夏の答申前後から設備投資の計画と見積もりを用意しておくのが現実的です。交付決定前に導入した設備は対象外なので、先に買わないよう注意してください。
最低賃金より高い時給で雇っていれば、影響はありませんか。
影響はあります。新人の時給が上がると、既存スタッフとの差が縮みます。差を保とうとすれば全体の賃金を見直すことになり、人件費の増加は最低賃金ぎりぎりの人の分だけでは済みません。