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2026/5/5

「余分な欲」がなくなると、人間はどうなるのか。養老孟司対談で感じた一つの違和感

「惜しい」という感想の正体

見た瞬間から、ずっと「惜しい」と思っていました。

養老孟司さんと落合陽一さんの対談動画です。テーマは「AI時代のバカの壁」。88歳、肺がんと心筋梗塞を乗り越えた養老さんが、今の世界をどう見ているのかを聞く内容でした。

落合さんの質問が、私には少し抽象的すぎた気がしています。「自然主義はどう変わるか」「メタバースと実世界の境界は」「意識とは何か」。悪い問いではないのですが、着地しないまま次の話題に移る場面が続きました。

「バカの壁」を今もメインに据えていることへの違和感も、正直あります。あの本は2003年の460万部ベストセラーですが、それを23年後の今もキャッチコピーに使い続けることは、今の養老さんを「過去の実績の人」として消費しているようにも見えました。

ただ、散発的に刺さる観察がありました。

「令和人はうるさい」は組織病でもある

「穏やかな人たちになりましたね。ただ本当にうるさいなと思いますけど。以前に比べて細かいことにうるさい」

養老さんはこう言います。昭和の日本人は怒っていた。貧しかったから。空腹だったから。ストレスが前に進む力になっていた。今の日本人はその怒りが消えて、代わりに「細かいことへの苦情」が残った。怒りの向きが、外から内へ変わったわけです。

これ、組織の中でも同じことが起きていませんか。

本質的な課題への議論ではなく、手続きの細部や言葉尻への指摘に時間を使う会議。エネルギーが本来向かうべき問題から、矮小な摩擦に分散していく。

怒りの原動力があった頃の組織は、方向は乱暴でも推進力があった。今のチームは穏やかだが、その推進力が細かい摩擦に消えている。そんな感覚が自分のチームにあるなら、問題は「モチベーション管理」ではなく「エネルギーの向け先の設計」かもしれません。

「何と戦うか」を経営者が示せていないと、怒りは内向きになります。

考えることを投げ出すと、判断者が消える

「今、人間にとって一番必要な力は?」という質問に、養老さんはこう答えました。

「考えることを投げ出さない体力みたいな気がしますけどね」

好奇心でも創造性でもなく、「体力」。「投げ出さない」という動詞を選んだところが、私には刺さりました。

AIがある程度の答えを出してくれるようになると、「それでいいじゃないか」という気持ちになるのは自然です。でも、手放してはいけないものがあります。

  • 何を問うかを決めること
  • その答えを信じてよいか判断すること
  • 最後に誰が責任を持つかを引き受けること

これは外注できない。ここをやめた瞬間に、リーダーとしての機能が静かに消えていきます。

「AIがそう言っています」で判断を終わらせるリーダーは、AIを使っているようで、実はAIの出力物を読んでいるだけです。判断者の仕事は、答えを出すことではなく、問いと責任を引き受けることなので。

養老さんの言う「体力」は、筋力ではないと思っています。考えることをあきらめず、判断から逃げない意志の継続力。AIが「それっぽい答え」を出してくれるほど、これが問われるようになる。そういう意味での体力です。

「余分な欲がなくなる」は、本当にメリットか

もう一つ、引っかかりがありました。

動画の中で養老さんは、歳を取ると余分な欲がなくなってくる、ということをメリットとして話す場面があります。整理されていく、シンプルになっていく、という感覚として語っていました。

確かに一つの到達点かもしれません。でも私は、そこにどうしても同意できませんでした。

余分こそが、創造の源泉ではないのか。

必要以上に気になる。役に立たないものを集める。問われてもいないことを考え続ける。そういう「余分」が、新しいものを生む。養老さん自身が虫を見て「いるだけで楽しい」と言える、あの好奇心は、まさにその余分から来ているはずです。

養老さんはそれを誰よりわかっているはずなんです。解剖学者として、生命の過剰さや余分さと向き合ってきた人です。生物がそもそも余分に満ちた存在だということを、誰より知っているはずなのに。

だからこそ、余分がなくなることをメリットとして語ったことに、素直に頷けなかった。「老いた」と感じた一つの根拠は、たぶんそこにある気がしています。

ブランドで見るか、人で見るか

少し話が戻りますが、私が一番感じたのは「ブランドで人を見ることの限界」かもしれません。

「バカの壁の養老孟司」として動画を見ると、どうしても「あの本を書いた人がまだ鋭いか」という目線になります。でも「88年生きた解剖学者が今の世界をどう観察しているか」という目線で見れば、受け取れるものが変わった気がしています。

これは経営でも同じです。「あの会社の出身」「あの業界のプロ」という属性でインプットの重みを決めていると、肩書きの劣化に気づかないままでいることがある。内容ではなくブランドで判断しているわけで、それ自体が「考えることを投げ出している」状態かもしれません。

見終わって、期待通りではありませんでした。「老いたな」というのが正直なところです。それでも「考える体力」と「うるさい社会」の2点は持ち帰れた。そういう動画でした。

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