2025/10/14
本当に創造的に働きたいのか?社会人の9割が勘違いしている働き方
本当に社会人は「創造的活動」を求めているのか?──“創造”が免罪符になっていないか
最近、「創造的な仕事をしたい」「ルーティンじゃなくクリエイティブなことをしたい」という言葉をよく耳にします。
しかし、私は正直に言って、本当にそう思っている人がどれだけいるのか、甚だ疑問です。
なぜなら、創造的な仕事というのは、本質的に「しんどい」からです。
創造的活動とは、苦行である
新しい価値をつくるというのは、常に「正解のない場所」で格闘するということ。誰も答えを知らない。前例もない。成功しても、次の瞬間には“昨日の正解”になっていることだらけです。
つまり、「創造的な仕事をしたい」と言うのは、「日々、自分の無能さと向き合い続けたい」と言っているのと同じです。
でも、現実にはどうでしょう。
「指示が曖昧だと困る」「ゴールをはっきりしてほしい」と言う人が大半です。それが悪いわけではありません。ただ、それは創造的活動ではなく、再現的活動です。
「創造性」が逃げ場所になっていないか?
この10年、社会全体で“クリエイティブ”という言葉が過剰に持ち上げられている様に感じます。AIや自動化の進展で「単純労働はなくなる」と言われ、人間が生き残るには「創造性」しかない、というあの物語です。
でも実際は、「創造的であること」を口にすることで、「結果を出す責任」や「地道な再現作業」から逃げているケースも多いというのが実感です。
“やりたいことをやりたい”というのは聞こえはいいですが、本来の創造とは、“やるべきことを新しい形でやる”ことです。
社会人の9割は、創造性よりも「安定」と「承認」を求めている
多くの人が本当に欲しているのは、「自分の意見が受け入れられること」や「失敗しても責められない環境」です。つまり、“創造的活動”ではなく、“安心して働ける環境”です。
ここを混同している企業が大変多い。
「うちはクリエイティブな社風です」と言いつつ、やっていることは“失敗を許さない管理”だったりする。
結果として、社員はどちらにも居場所がない。「創造性を求められる」けど、「失敗は許されない」。その板挟みの中で、創造どころか、考えることすらやめてしまう。
創造性は「自由」ではなく「責任」だ
私たちが現場で感じるのは、創造性とは“自由度”ではなく“責任の重さ”に比例するということです。何かを新しく作るには、構造を理解し、現場を動かし、結果を出す必要がある。
それは「アイデアを出すこと」ではなく、「現実に作用させること」なのです。
だから本当の意味で創造的に働く人は、例外なくよく考え、よく動く人です。口では「創造的」と言わず、淡々と課題を構造化し、具体的に前に進める。そんな人はまぁ…いませんよね。
「創造的になりたい」は、問いの浅さの証明でもある
キツイ見方ですが、「創造的でありたい」とか「クリエイティブな仕事をしたい」と口にする人は、往々にしてまだ自分の仕事を定義できていないだけです。
創造性とは、そもそも目指すものではなく、「課題を本気で解こうとした結果として現れる副産物」だからです。手段であり、姿勢(Attitude)です。
AIがどれだけ進化しても、創造的な人間は残るでしょう。しかし、それは“自称クリエイティブ”ではなく、現実を動かす力を持った人のことです。
HIGHDEFの視点から
私たちハイデフは、「戦略を描くだけではなく、現場を動かす」実務家です。その視点から見ると、創造とは“考えること”でも“自由にすること”でもなく、責任を持って、現実を変えることだと思っています。
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